5月25日(月)、イギリスのロンドン・キューガーデンで気温34.8℃を記録した。5月の国内観測史上最高。しかも、それまでの記録を一気に2℃上回るという"大更新"だった。同じ日、フランスでも5月の全国最高気温が塗り替えられた。スペインの南部では週末から40℃に迫る数字が並び、気象当局AEMETは「この時期としては異例の気温」と異例の表現で警戒を呼びかけた。

欧州の真夏は7月から8月にかけてのはずだった。ところが2026年5月の最終週、大陸全土が真夏を超える熱にさらされている。欧州各国の死者はすでに10人を超え、現地メディアは「空前絶後の早期熱波」と報じた。CNNのある気象専門家は「Mind-bogglingly crazy(頭がおかしくなるほど狂っている)」という言葉を使った。

この異常事態の正体は何か。スペインにいる私たちにとって何を意味するのか。取材した内容を整理した。

「ヒートドーム」とは何か ─ 熱を閉じ込める"蓋"の正体

今回の熱波を引き起こしているのは、気象学で「ヒートドーム(cúpula de calor)」と呼ばれる現象だ。仕組みをひとことで言えば、上空の高気圧が巨大な"蓋"として機能し、地表付近の熱い空気を外に逃さず閉じ込めてしまう状態だ。

通常、大気は対流によって地表の熱を上空へと運び、周囲に拡散させる。しかしヒートドームの下では、高気圧の強い下降気流がその対流を押さえ込み、熱がどこにも逃げられない状況を作り出す。さらに今回の場合、その高気圧を押し上げる役割を果たしたのが北アフリカの砂漠地帯から流れ込む熱風だった。サハラ砂漠の灼熱の空気が、偏西風の蛇行によってイベリア半島を越え、フランス、イギリスにまで達したのだ。

欧州全体での気温は「季節平均より10〜11℃高い」と気象機関は分析している。10℃という数字は体感として想像しにくいが、東京の5月下旬の平均気温(約21℃)が突然30℃超になり、さらにそれが続く──そういうイメージに近い。今年の5月末のスペインは、通常の真夏(7月)より暑い地域もある。

欧州各国の状況 ─ 12人の死者と崩れる記録

最も深刻な被害が出ているのはフランスだ。当局によると、5月26日時点で少なくとも7人が熱波に関連した死亡を確認した。そのうち5人は溺死だった。危険を承知で川や湖に飛び込み、溺れてしまうケースが続発している。パリでは53歳の男性がマラソン大会の途中で倒れ、そのまま亡くなった。リヨンでは「Hyrox」というフィットネス競技会の最中に女性が死亡した。

イギリスでも複数の溺死が報告されており、欧州全体の死者数は12人以上という報道もある。フランス政府は緊急対策として、路上に無料の給水スタンドを設置し、公共プールと公共図書館の開放時間を延長した。学校では授業を早退させる措置も取られた。

記録という観点でも今回の熱波は異例だ。

  • イギリス:ロンドン・キューガーデン 34.8℃(5月の全国最高記録、従来記録を2℃更新)
  • フランス:複数地点で5月の国内最高気温を更新
  • スペイン:オビエドで5月の過去最高 34.3℃(5月21日)
  • 全欧州:「5月としては観測史上最も広範囲にわたる熱波」とEU気象機関が評価

イギリスやアイルランド、ノルウェーといった北欧・北西欧の国々まで影響が及んでいる点が、今回の熱波の異例さを際立たせている。通常、これらの国が猛暑を経験するのは真夏でも稀なことだ。

スペインの状況 ─ 40℃目前の南部と「熱帯夜」

スペインの気象当局AEMET(国家気象庁)は今週、異例の措置として「5月としては観測史上まれにみる高温が続く」と声明を出した。通常、AEMETが「5月の熱波」を宣言するのは非常に珍しい。

とりわけ高温が予測されているのは南部・内陸部だ。

  • アンダルシア(セビリャ・コルドバ・ハエン):最高気温38〜40℃の予報。コルドバは5月に40℃を超えた場合、観測史上初となる可能性がある
  • エストレマドゥーラ(バダホス):38℃超の警報が発令。エブロ川流域(サラゴサなど)でも同様
  • バスク地方・カンタブリア:34℃近くに達する見込み。これも5月としては異例の高温
  • カナリア諸島:35℃前後の予測
  • バルセロナ・アルメリア・カセレス・ハエン:夜間最低気温が19℃前後、熱帯夜(20℃以上)に迫る地域も
  • カディス:夜間最低気温21℃という熱帯夜が予報されている

「熱帯夜」は単に不快というだけでなく、健康リスクを大幅に高める。体は夜間に気温が下がることで熱疲労から回復するが、気温が下がらなければ回復の機会を失い、翌日の暑さへの耐性が著しく低下する。特に高齢者、乳幼児、持病を持つ人にとっては、熱帯夜の連続は深刻なリスクだ。

AEMETはこの熱波が今週木〜金曜日(5月29〜30日)にかけてピークを迎え、6月の第1週にかけて徐々に緩和すると予報している。ただし、今後も「高温傾向」は続く見通しで、2026年夏は全国ほぼ全域で平均気温を上回る予測が出ている。

スペインで生活する人・旅行する人へ ─ 今週の具体的な対策

特に南部や内陸に住んでいる方、あるいはこの週末にスペイン旅行を予定している方は、以下を実践してほしい。

外出と行動の見直し

  • 日中(午前11時〜夕方6時)の外出は最小限に。この時間帯の日差しは体の熱排出能力を超えた熱を加えてくる
  • どうしても外出が必要な場合は、帽子・日傘・通気性の良い薄い長袖(UVカット素材が理想)を着用する。素肌の露出は「涼しい」のではなく、日光直撃で体温上昇を招く
  • サングラスは装飾品ではなく、高温時の目の保護と疲労軽減に直接効く。特に子供に
  • バルセロナなど観光地での人混みは、体感温度をさらに3〜5℃押し上げる。午前早め(8〜10時)か夕方以降に観光を集中させる

水分補給

  • のどが渇く前に飲む。感覚が遅れるため、1時間ごとに意識的に水を飲むこと
  • スペイン各地の公共施設(図書館、市庁舎、ショッピングセンター)はエアコンが効いており、無料の避難場所として利用できる
  • アルコールとカフェインは利尿作用で脱水を促進する。炎天下でのビールは「冷やす」効果より「乾かす」効果の方が大きい

住居内の対策

  • スペインの伝統的な「シエスタ対策」を参考に:朝早く窓を全開にして冷気を取り込み、日が当たり始めたらシャッターと窓を閉めて熱を入れない
  • 扇風機は気温が体温(37℃)を超えると逆効果になる。濡れタオルで首・手首・足首を冷やしながら使うとよい
  • 夜間に熱帯夜が予報されている場合は、水で濡らしたシーツを使う、足元に氷水のバケツを置くといった対策が有効

周囲への目配り

  • 高齢の隣人への声かけを忘れずに。スペインでは熱波時に独居高齢者の孤独死が問題となる。2003年のフランス熱波で1万5000人が亡くなった教訓は、今も欧州の集合的記憶に残っている
  • 子どもや動物を車内に放置しないこと。5月でも直射日光下の車内温度は1時間で60℃を超える

なぜ「5月に」起きるのか ─ 気候変動との接続

「いつもの夏より早く来ているだけじゃないの?」という感覚は自然だが、科学者たちはそれより深刻な変化を指摘している。

まず、今回のような「5月の熱波」は10年前の気候モデルでは「世紀に一度の稀なイベント」と分類されていた。しかし現実は、2019年、2022年、2025年に続き、2026年にも欧州は「記録的早期熱波」に直面している。「稀なイベント」が常態化しつつある。

欧州連合の気候変動モニタリング機関「コペルニクス気候変動サービス(C3S)」によれば、直近12ヶ月の世界平均気温は産業革命前比で+1.6℃を超えた。パリ協定で「できるだけ1.5℃以内」と定めた目標をすでに突破しているのが現実だ。

スペインにとってこの問題は特に切実だ。地中海沿岸地域は世界の中でも気候変動の影響が最も速く出やすい場所の一つとされており、AEMETの長期予測では「2026年以降、毎年の夏が歴史的に見た猛暑になる」という見通しが示されている。2025年の夏はすでに「観測史上最も暑い夏」として記録された。2026年の夏がそれを上回ることは、気象学者の間で半ば既定路線として語られている。

今回の熱波が「衝撃的」なのは、5月という時期だけではない。北アフリカの砂漠の熱が偏西風の乱れに乗ってイギリスまで届くという、大気循環の大きな変容が起きている点だ。欧州の「涼しい北西部」という常識が今、根本から揺らいでいる。

「スペインの夏」が変わる ─ 長期的な視座

スペインに長く住んでいる人は気づいているはずだ。10年前に比べて「暑い期間」が長くなっている、と。かつて6月初めは比較的快適な気候だったバルセロナでも、近年は5月末から30℃超の日が続くようになった。

この傾向は今後さらに強まると予測されている。

観光という観点では、スペインの夏季観光の中心地だったコスタ・デル・ソルやコスタ・ブラバといったエリアで、7〜8月の「耐えられない暑さ」を嫌って旅行者が5月・6月・9月・10月に分散する動きが始まっている。旅行業界では「スペインの夏の7〜8月はオフシーズンになるかもしれない」という議論が出始めているほどだ。

在住者の日常でも変化は着々と進んでいる。バルセロナ市は2025年に「緑の回廊」計画を加速させ、街路樹の植樹とアスファルトの芝生化を大幅に前倒しした。マドリード、セビリャ、マラガでは「クールゾーン(zonas frescas)」と呼ばれる市民向けの冷涼避難スペースの整備が始まっている。これらは気候変動への適応策として欧州都市計画の標準メニューになりつつある。

今週を乗り越えるために

今回の熱波のピークは5月29〜30日にかけてとなる見込みだ。

バルセロナにいる方は、今週末はビーチへの人出が急増し、海水浴関連の事故リスクも上がる。海へ入るなと言いたいわけではないが、「暑さで判断力が落ちた状態での水泳」は溺水事故を招きやすい。水分補給をしっかりした上で、無理な距離やタイミングを避けてほしい。

セビリャやコルドバ、マドリードの中心部では、この週末から来週初めにかけて40℃前後の時間帯が続く。観光客でも在住者でも、屋外での食事・飲酒は夜8時以降を基本にする。スペインの夜は遅い。熱波の時期には、それが正しいリズムだ。

5月に40℃。これは「今年だけ」の話ではないかもしれない。だが、今この瞬間に備えることが、まず何より大切だ。

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