木からお酒を造る。木を金型でプラスチックのように成形する。どちらもSF的な響きだが、日本で実際に動いているプロジェクトだ。前者は国立研究開発法人・森林総合研究所(森林総研)が開発した世界初の技術で、すでに民間企業による商業化が始まっている。後者は産業技術総合研究所(産総研)や愛知県の金型メーカーが実用化を進める「木質流動成形」という加工技術で、スピーカーから高級車の内装まで応用が広がりつつある。国土の約3分の2を森林が占めながら、その資源を持て余してきた日本が、「木の新しい使い方」で世界の先頭を走り始めた。スペインからも縁遠い話ではない。樽とコルクの国だからこそ、この技術の面白さが分かるはずだ。
木がそのまま酒になる ─ 森林総研の「湿式ミリング」
酒の原料は米、麦、ブドウ、ジャガイモと様々だが、共通するのは「糖またはデンプンを含む食べられる材料」であることだ。木の主成分セルロースも糖の仲間だが、頑丈な構造に閉じ込められているため、酵母はそのままでは分解できない。従来のバイオエタノール製造では強い薬品や高温処理で無理やり分解していたが、その方法で造ったアルコールは工業用であり、飲むことはできなかった。
森林総研が開発したのは、まったく別のアプローチだ。木材を天然水とともに1000分の1ミリ以下まで微粉砕する「湿式ミリング処理」により、薬品や高温に頼らずに木をクリーム状(スラリー)にする。ここまで細かくなると酵母が木材の成分を分解・発酵できるようになり、food-gradeの、つまり飲めるアルコールが生まれる。森林総研が「木の酒」と呼ぶこの技術は2017年に初めて試験醸造に成功し、2018年に特許出願、2021年に権利化された。世界初の「樹木を直接発酵させた蒸留酒」である。
樹種ごとに香りが違う ─ スギは樽酒、ミズナラはウイスキー
この酒の最大の魅力は、樹種ごとに香りがまるで違うことだ。森林総研はスギ、シラカンバ、ミズナラ、クロモジなど様々な樹種で試験製造を重ねてきたが、例えばスギから造った酒は樽酒に近い香りを持つという。考えてみれば当然で、日本酒の樽酒はスギ樽が酒に香りを移したものだ。木の酒はその関係を逆転させる。樽が酒に香りを「貸す」のではなく、木そのものが酒に「なる」。
ウイスキー愛好家なら、ミズナラと聞いて反応するだろう。ミズナラ樽で熟成したジャパニーズウイスキーは、白檀や伽羅を思わせる独特の香りで世界のコレクターを熱狂させてきた。そのミズナラを原料にした蒸留酒が造れるとなれば、これは既存のどのカテゴリーにも属さない、まったく新しい酒である。ブドウの品種を語るように、「今夜はスギにするか、シラカンバにするか」と樹種を選ぶ時代が来るかもしれない。
世界初の商業化 ─ つくばの小学校跡地に建った蒸留所
この技術は研究室の中に留まっていない。東京のクラフトジン企業エシカル・スピリッツ社が森林総研と共同研究契約と特許実施許諾契約を結び、世界初の「木の酒」の生産販売プロジェクト「WoodSpirits」を立ち上げた。プロジェクトには、ニューヨークのバー業界誌が「世界のベストバー」に選出してきた新宿のBar Ben Fiddichのオーナーバーテンダー鹿山博康氏も参画している。
製造拠点は茨城県つくば市の旧作岡小学校跡地。体育館を中心に約643平方メートルの校舎を蒸留所に転用するという、廃校活用としても興味深い計画で、2024年から段階的に稼働。「木の酒」は375ml換算で1日100本の生産を目標に掲げる。原料には間伐材などの未利用資源を使う計画で、これは後述する日本の森林事情と直結している。森林総研自身も2023年、つくばに丸太から蒸留酒までを一貫製造できる専用研究棟を新設しており、研究と事業化が並走する体制が整った。
木を金型で「絞る」 ─ 流動成形という発想
もう一つの技術は、木の「形」に関する常識を覆す。木材の加工とは切る・削る・曲げることだった。ところが「木質流動成形」は、金型の中で木材に高い圧力をかけ、木の細胞同士を滑らせて大きく変形させる技術だ。木材に含まれるリグニンなどの成分が熱で柔らかくなる性質を利用し、細胞を壊さずに流動させる。つまり、プラスチックの射出成形のように、木を金型で任意の形に成形できる。
驚くのはその物性だ。産総研によれば、流動成形した木材は加工前の木材をはるかに超える、強化プラスチック並みの強度を持ち、しかも軽い。石油由来プラスチックの代替として使えるポテンシャルがあり、成形時の流動性や物性の改善に向けた研究が官民で進んでいる。
スピーカー、将棋の駒、高級車の内装へ
この技術の社会実装を引っ張るのが、愛知県東郷町の金型メーカー、チヨダ工業だ。プレス金型の技術を木に応用し、すでにスピーカーや将棋の駒などを流動成形で製作。化粧品会社と組んで、世界初の木質流動成形製品となるスパチュラ(化粧品用のヘラ)を商品化した実績もある。現在は国の研究開発支援事業(Go-Tech事業)で、木材の質感を備えた高級車の車内空間部材の量産化に取り組んでいる。本物の木でありながらプラスチックのように量産できる内装材は、「本物志向」と「量産性」を両立させたい自動車メーカーにとって魅力的な選択肢になる。
大手も動いている。建材大手のDAIKENはプラスチックに混ぜる木質強化繊維の量産体制をニュージーランドの製造拠点で確立し、2035年度までに年間60億円規模の販売を目指す計画を掲げる。林野庁が森林資源を高付加価値な工業材料へ転換するビジョンを打ち出したことを背景に、「木でプラスチックを置き換える」動きは国策と民間投資が重なる領域になりつつある。
なぜ日本発なのか ─ 使われない森林という宿題
これらの技術がそろって日本から生まれたのは偶然ではない。日本は国土の約3分の2を森林が占める世界有数の森林国だが、戦後に大量植林されたスギ・ヒノキの人工林が伐採適齢期を迎える一方、木材価格の低迷で林業は衰退し、手入れされないまま放置される山が全国で問題になってきた。安い外国産材に押され、木材自給率が3割を切った時期もある。
つまり日本には「資源はあるのに使い道と経済性がない」という長年の宿題があり、木の酒も流動成形も、その答えとして生まれた技術だ。間伐材が1本375mlのプレミアムな蒸留酒になり、あるいは高級車の内装材になるなら、山の木の価値は根本から変わる。林業の再生、山村の雇用、そして脱炭素。木の新技術は、日本の地方が抱える課題への回答でもある。
日本の読者への解説 ─ 樽とコルクの国スペインから見ると
スペインで暮らしていると、この技術の面白さは別の角度から見えてくる。スペインは「木と酒」の関係が世界で最も深い国の一つだからだ。ヘレスのシェリー酒を熟成させたアメリカンオークの樽は「シェリー樽」として世界中のウイスキー蒸留所が奪い合う戦略物資であり、ジャパニーズウイスキーの名品の多くもシェリー樽熟成を看板にしてきた。また、スペインはコルクガシの樹皮から作るワイン用コルクの世界的な生産国(ポルトガルに次ぐ規模)であり、樹皮を剥いでも木を枯らさずに再生させる持続可能な林業「デエサ」を何百年も続けてきた。
樽で酒に木の香りを移す文化を極めたイベリア半島と、木そのものを酒に変えてしまった日本。アプローチは対照的だが、根っこにあるのは同じ、「森を経済の中に組み込み、使い続けることで守る」という思想だ。いつかバルセロナのバーで、シェリー樽熟成のウイスキーの隣に日本のスギの酒が並ぶ日が来たら、それはこの二つの林業国の対話が形になった瞬間だろう。日本の読者には、帰国時の話題として、そして日本の山の未来を考える材料として、この「木の可能性」を覚えておいてほしい。










