夏のスペインへ。海辺の白い家、旧市街の屋根裏部屋、プール付きの別荘 ― 検索すれば、相場よりずっと安い「掘り出し物」がいくつも並ぶ。だがその安さこそが、いま最も注意すべき罠かもしれない。2026年の夏を前に、スペインの警察当局は短期宿泊(バケーションレンタル)をめぐる詐欺を「今夏の流行詐欺(la estafa de moda)」と名指しで警告している。手付金として消えるのは200〜600ユーロが典型だが、被害者が数千ユーロを失う例も後を絶たない。そして一度払った金は、ほとんどの場合戻ってこない。

この記事は、Airbnb・Booking.com・個人ポータルを通じてスペインで宿を探すすべての人 ― 旅行者にも、一時帰国の前に部屋を貸し借りする在住者にも ― 向けた注意喚起である。実在する手口と、なぜ金が戻らないのか、そして自分の身を守る具体的な方法を、スペイン語の一次情報をもとに整理した。

警察が「今夏の流行詐欺」と名指しした

スペインの国家警察(Policía Nacional)と治安警備隊(Guardia Civil)は毎年夏、観光客を狙った犯罪に注意を促す「Plan Turismo Seguro(安全な観光プラン)」を展開する。2026年6月18日、シウダー・レアル県の警察は、短期宿泊詐欺をこの夏まさに広がっている手口だと述べた。典型は単純だ。あり得ないほど安い個人広告で客を引きつけ、200〜300ユーロの手付金(señal)を要求し、入金が確認された瞬間に連絡を絶つ。

治安警備隊は2026年3月、SNS広告を使った新手の詐欺の増加を警告していた。TikTokなどでプール付きの別荘を相場より大幅に安く宣伝し、正規ポータルから盗んだ写真を使い、Bizum(スペインの即時送金アプリ)や銀行振込での前払いを求めて消える。新規に作られたばかりのプロフィール、レビューがまったく無いアカウントが危険信号だという。被害に遭ったら、あるいは怪しいと感じたら、治安警備隊の通報番号は062、国家警察は091、緊急時は112。サイバー被害の相談はスペインのサイバーセキュリティ機関INCIBEの無料ヘルプライン017が対応する。

手口① 偽の物件と「アプリの外へ」の誘導

最も多いのが、存在しない物件の広告だ。詐欺師はIdealistaやFotocasa、Airbnbといった正規サイトから写真を盗用し、相場の半額ほどの偽広告を作る。「ほかにも希望者が多い」「あと2日で締め切る」と急かし、「自分は海外(または別の県)にいるので内見はできない」と言い訳をして、前払いを求める。入金すれば、相手は番号をブロックして消える。

信用させるために、偽造したDNI(スペインの身分証)やパスポートのコピーを送ってくることもある。皮肉なことに、その偽DNIは「以前この詐欺に遭った別の被害者」のものであることが珍しくない。マドリードで季節労働の職を得たLauraとMartaは、イビサの夏の住まいとして650ユーロを前払いし、偽のDNIまで受け取ったが、ビデオ内見の約束の直前に相手が番号をブロックして消えた。カディス県の偽広告に400ユーロを払ったOlgaのケースでは、同じ犯人による被害者が10人を超えていた。捜査関係者は「詐欺師は一件あたりの金額を低く抑え、数で稼ぐ」と語る。だからこそ被害が広く、見過ごされやすい。

手口② 偽サイトとフィッシングメール

本物そっくりの偽サイトや偽メールも横行している。Booking.comを模した偽ドメイン ― たとえば「confirmation887-booking[.]com」のような、数字を挟んで一見正規に見えるアドレス ― が次々と作られ、本物のレイアウトをそのまま複製している。届く偽メールは予約番号や宿泊日など正しい情報を全て含み、「残念ながら元のお支払い方法を承認できませんでした。下記のフォームから再送をお願いします」と書かれ、偽の決済ページへ誘導する。

セキュリティ企業Check Pointの分析によれば、2025年5月だけでバカンス関連の新規ドメインが3万9000件以上登録され、前年同月比で55%増えた。そのうち21件に1件が悪意ある、あるいは疑わしいものと判定されている。最も多く模倣されていたのが、BookingとAirbnbだった。偽のHTTPS鍵マークまで付けて「安全な通信」を装うため、鍵マークがあるから安心とは言えない。

手口③ 最も見抜けない「正規アカウント乗っ取り」

近年とりわけ厄介なのが、宿泊施設側のアカウントが乗っ取られ、そこから本物のチャットで送られてくる二次詐欺だ。攻撃者はまずホテルや宿のスタッフを狙い、巧妙なメールでマルウェアを仕込み、Booking.comの管理画面(extranet)のログイン情報を盗む。マイクロソフトが追跡する攻撃グループ「Storm-1865」は、偽のエラー画面でパソコンを操作させて感染させる「ClickFix」という手口を2024年末から使っている。

乗っ取られるのはBooking本体ではなく、個々の宿のアカウントだ。だから詐欺師は本物のアプリ内チャットから、本物の予約情報を添えて「お支払いの確認が必要です。さもないと予約はキャンセルされます」と送ってくる。正規のチャネルで、自分の予約の正しい詳細を示されるため、見抜くのは極めて難しい。英国の通報窓口Action Fraudには、2023年6月から2024年9月までにBooking.com関連の詐欺が532件寄せられ、被害総額は37万ポンド(約7000万円)に上った。バルセロナのあるホテルでは、有効な予約と正しい住所を持った約100人の旅行者が到着したのに泊まる部屋が無い、という事態も報じられている。

覚えておきたいのは、Booking.comが公式に明言している一線だ。「正規の取引で、カード情報をメール・電話・SMS・WhatsAppで尋ねることは決してない。予約確認書と異なる銀行振込を求めることも、ギフトカードでの支払いを求めることも、決してない」。Airbnbも同様に、パスワードやワンタイムコード、決済情報を電話で聞くことは絶対にないとしている。これらを求められた時点で、相手は偽物だと考えてよい。

PR · eSIM
スペインの通信、出発前に解決
Airalo のeSIMならSIM差し替え不要、QR読み込みだけ。読者限定「SPAINPRESS」で新規15%オフ/全員「SPAINPRESS10」で10%オフ。
Airalo を見る

手口④ 2026年の新顔 ― AIと水増し請求

滞在後に襲ってくる詐欺もある。チェックアウト後、ホストが破損や汚損を理由に高額な損害賠償やデポジット(fianza)の没収を請求する手口だ。スペインの法律では、費用を正当化せず、借主に反論の機会も与えずに敷金を保持する条項は「濫用条項(cláusula abusiva)」として無効とされる。通常の清掃や経年劣化は損害ではない。それでも、強気の請求に泣き寝入りする旅行者は少なくない。

2026年に警戒が高まっているのが、生成AIを使った損害のでっち上げだ。ニューヨークのAirbnbでロンドンのゲストがホストからAIで加工したとみられる写真を根拠に1万6000ドルの損害を請求された例が報じられ、ゲストが2枚の写真の食い違いを指摘し、報道機関の取材後にAirbnbが全額返金に転じた。スペイン国内での同種の確定事例はまだ確認されていないが、偽の物件写真やレビューをAIで量産する動きとあわせ、「写真や文章が本物かどうか」を肉眼で見分けるのは年々難しくなっている。新しい技術が出るたびに、詐欺もそれを取り込む ― そう身構えておくのが賢明だ。

なぜ一度払った金は戻らないのか

詐欺がこれほど成立するのは、被害者が選ばされる支払い方法が「取り消せない」ものだからだ。スペイン銀行(Banco de España)は公式ブログで、安い賃貸物件の手付金を振込で求める手口を名指しし、こう警告している。「振込を実行する前によく考えること。銀行振込は取消不能の支払指図である」。一度送れば、受取人が自発的に返すか裁判所命令が出ない限り、戻らない。即時振込なら回収はさらに絶望的になる。

Bizumも同じだ。Bizum公式は「商品が届かなくても、詐欺に遭っても、Bizumは返金しない。あくまで決済手段であって紛争解決サービスではない」と明記している。送金は即時かつ本人承認のため、操作を取り消すことはできない。最近は「逆Bizum(Bizum inverso)」という応用も現れた。詐欺師が送金ではなく送金リクエストを送りつけ、被害者が中身を確認せず承認してしまうと、逆に自分が送金してしまう仕組みだ。「間違って送ったので返してほしい」という名目で使われる。

では、クレジットカードのチャージバック(retroceso de cargo)は救いになるか。ある程度は、だ。ただしVisaスペインは公式に「チャージバックの請求は法的な権利ではなく、銀行が必ず回収できる保証もない」と述べている。それでも「役務が説明と著しく異なり、加盟店が返金しない」場合には申請する価値がある ― 存在しない物件の詐欺はこの理由に当てはまり得る。結論はシンプルだ。安全な支払いとは、アプリの正規の決済画面で、クレジットカードを使うこと。これだけが、後から争う余地を残してくれる。アプリの外に出て振込やBizumで払った瞬間、AirbnbのAirCoverもBooking.comの追跡も効かなくなる。

数字で見る ― 摘発と規制の現在地

スペイン内務省の犯罪統計(SEC)によれば、賃貸詐欺の届出件数は2022年に1550件、2023年に1617件、2024年は1136件と推移している。ただしこれは氷山の一角だ。被害額が小さく恥ずかしさもあって、届け出ない人が多いとみられる。地域別では観光地が突出し、2024年はアンダルシアが432件で全体の約4割を占めた。

大型の摘発も相次ぐ。2021年の「Operación CHEAT-STAY」では、存在しない物件を偽サイトで売りつけた国際的なグループが摘発され、被害者は300人超、被害額は400万ユーロを超えた。2026年5月にマヨルカで摘発された「Operación Zemtrun」は、正規の物件を短期で借りて合鍵を作り、それを自分の持ち物のように偽装して敷金をだまし取る手口だった。2025年にマラガで摘発された事件では被害者が100人を超えた。組織化された詐欺は、出し子(mula bancaria)の口座や他人名義のSIMカードを使って資金を洗浄する。被害者が銀行に口座名義を確認しても「問題ない」と言われてしまうのは、このためだ。

規制も動いている。スペインは2025年7月1日から、短期賃貸物件に全国登録番号(NRA)の取得を義務づけた。番号のない物件はプラットフォームに掲載できないという建て付けだ。ただし2026年5月、最高裁がこの全国統一番号の制度を「州の権限を侵す」として無効と判断し、制度の根幹が揺らいでいる。一方で、各州(カタルーニャのHUT、アンダルシアのVFT/VT、バレンシアのVUTなど)が独自に運用してきた観光登録番号と公開データベースは有効で、これが旅行者にとって最も実務的な「合法物件かどうか」の確認手段になっている。なお消費省は2025年、Airbnbに対し約6万5000件の違法掲載のブロックと6400万ユーロの制裁金を命じている。市場の浄化は進みつつあるが、詐欺師はその裏をかき続けている。

自衛のチェックリスト

予約する前に。メールやSMSのリンクは踏まず、ブラウザに自分でアドレスを打ち込んで正規サイトに入る。Airbnbの正規メールは「@airbnb.com」系、Booking.comの正規メールは必ず「@booking.com」で終わる。数字の混じったドメインは偽物だ。価格が周辺の類似物件より極端に安いときは、まず疑う。物件写真を右クリックしてGoogleの画像検索(逆画像検索)にかけ、別の名前や別の物件として出てくれば盗用=詐欺。レビューは星1〜2の低評価から読み、短期間に集中した完璧な絶賛やコピペ同然の文面を警戒する。そして掲載に観光登録番号(HUT、VFT、VTなど)があるかを確かめ、各州の観光局データベースで実在を照合する。

支払いで、これが出たら赤信号。アプリの外での銀行振込、見知らぬ相手へのBizum、暗号資産やギフトカードでの支払い、Western Unionのような匿名送金 ― いずれも「取り消せない・追えない」ため詐欺師が好む。電話・SMS・WhatsAppでカード番号を聞かれるのも論外だ。正規の取引でこれらを求められることはない。支払いは必ずアプリの正規チェックアウトで、クレジットカードで。

被害に遭ってしまったら。まず銀行に即連絡する。処理中の振込なら止められることがあり、カード払いならチャージバックを申請できる。次に証拠を全て保存する ― 広告のスクリーンショット、チャットの全文、相手の電話番号や口座、振込やBizumの控え。そして警察に被害届(denuncia)を出す。治安警備隊は対面署名の要らない電子申請も用意している。動きは早いほどよい。最初の24時間が回収できるかどうかの分かれ目になる。

日本の読者への解説

日本から旅行する人、そしてスペインに暮らす日本人にとって、もう一つの弱点が「言語の壁」だ。日本の国民生活センターは2025年、海外オンライン予約をめぐるトラブルがこの5年でおよそ倍増したと報告し、言葉が分からないことが越境の偽サイト被害を生む要因だと名指しした。スペイン語や英語の契約条項を読み切れず、「キャンセル可能」が実は「返金なしのキャンセル」を意味していた、というすれ違いも起きやすい。不明瞭な外国語の条件は、予約する前に分かる人に確認しておきたい。

もしスペインで被害に遭ったら、日本語で頼れる窓口がある。在スペイン日本国大使館(マドリード)の代表番号は+34 91 590 7600、在バルセロナ日本国総領事館は+34 93 280 3433で、いずれも人命に関わる緊急時は夜間・休日も対応する。日本国内では消費者ホットライン188や、独立行政法人国民生活センターの越境消費者センター(CCJ)が相談に乗ってくれる。被害届は保険請求やパスポート再発行にも必要になるので、現地警察での手続きを後回しにしないこと。

最後に、最も大切な一行を繰り返す。連絡も支払いも、予約アプリの外に出さない。「直接振り込めば安くする」「このリンクから払い直して」 ― そう言われた瞬間が、引き返すべき地点だ。安すぎる夏の別荘は、たいてい安すぎる理由がある。

この記事をシェア:X (Twitter)WhatsAppLINE