概要:グリーン移行の裏に潜む地政学的ジレンマ

スペインが国策として推進する電気自動車(EV)への移行、その根幹をなす充電インフラ網の整備において、深刻な矛盾が明らかになった。国内の充電ポイント設置で急成長を遂げ、多額の公的補助金を受けているスペイン企業「Eranovum」が、事実上、イスラエルの投資ファンド「Keystone」の強い影響下にあることが判明した。問題は、このKeystoneが、国連からパレスチナの違法占領地での事業活動を通じて利益を得ていると繰り返し指摘されている企業を傘下に持つことだ。サンチェス政権が欧州内で最も親パレスチナ的な姿勢を示す一方、国内のグリーンエネルギー政策が、その外交方針と真っ向から対立する活動を資金的に支える結果になりかねないという、極めて複雑な状況が生まれている。

公的補助で急成長するEranovumとイスラエル資本の浸透

Eranovumは2019年に設立された比較的新しい企業だが、スペイン政府が推し進めるEV普及政策の波に乗り、急速に事業を拡大してきた。特に、政府のEV購入・インフラ整備促進計画「MOVESプラン」などの補助金を積極的に活用し、国内のスーパーマーケットや商業施設の駐車場を中心に、すでに1,000か所以上の充電ポイントを運営している。2022年に制定された、一定規模以上の非居住用建物の駐車場に充電器設置を義務付ける法律も、同社の成長を強力に後押しした。これまでにEranovumとその子会社がスペインの各行政機関から受け取った補助金は、判明しているだけで少なくとも1620万ユーロ(約27億円)に上る。

この急成長の裏で、イスラエルからの資本が着実に浸透していた。テルアビブ証券取引所に上場するインフラ投資ファンドKeystoneは、2022年にEranovumの株式30%を取得して資本参加。その後も出資比率を高め、2024年には筆頭株主となる49%を確保した。さらに2025年9月には、Eranovumに対して2000万ユーロの転換社債型融資を実行。この融資は将来的に株式に転換できる性質を持つため、Keystoneが過半数の株式を掌握し、経営権を完全に握る道を開くものだ。Eranovum側は「Keystoneの出資比率が49%を超える予定はない」と否定しているが、財務的な依存度は決定的に高まっている。

投資家Keystoneの横顔:国連が名指す「占領ビジネス」と極右人脈

では、Eranovumの経営に深く関与するKeystoneとはどのような企業なのか。同ファンドの最大の資産は、2022年に買収したイスラエル最大の公共交通会社「Egged」である。このEggedこそが、国連人権高等弁務官事務所が問題視する企業だ。国連は、イスラエルによるパレスチナ領(ヨルダン川西岸、東エルサレム)への違法な入植活動に関与する企業のデータベースを公開しており、Eggedは2020年以降、そのリストに繰り返し掲載されている。理由は、入植地とイスラエル本土を結ぶバス路線を運営し、入植地の維持・拡大を物理的に支えているためだ。「輸送を含む、入植地の維持と存在を支援するサービスおよび物資の提供」が、国際法違反の入植活動への加担と見なされている。

さらに深刻なのは、Keystoneの経営陣や関係者に、イスラエルの極右・強硬派の政治家たちが名を連ねている点だ。Keystoneの創業者の一人、ロニ・ビラム氏が筆頭株主を務める不動産会社では、元法務大臣・内務大臣のアイェレット・シャケド氏が2023年に会長に就任した。シャケド氏は、2014年に「テロリストの母親たちも殺害すべきだ。彼らの家も破壊されなければならない」という趣旨の過激な発言をSNSに投稿し、国際的な非難を浴びた人物として知られる。また、Keystoneの取締役には、ナフタリ・ベネット元首相(ネタニヤフ首相よりも右翼的とされる)の側近だった人物も含まれており、同社の経営がシオニスト(ユダヤ人国家主義)の強硬なイデオロギーと密接に結びついていることを示唆している。つまり、Eranovumに流れ込むスペインの公的資金は、間接的に、パレスチナ占領をビジネスとして推進し、かつ強硬な反パレスチナ思想を持つ人々の懐を潤している可能性があるのだ。

スペイン政府のジレンマ:外交方針と国内経済政策のねじれ

この問題は、ペドロ・サンチェス首相率いるスペイン社会労働党・Sumarの連立政権にとって、極めて厄介なジレンマを突きつけている。サンチェス政権は、2023年10月に始まったガザ紛争以降、EU内でアイルランドやベルギーと共にイスラエルに対して最も批判的な姿勢を取り、パレスチナ国家の承認にも踏み切るなど、明確にパレスチナ寄りの外交を展開してきた。しかし、その一方で、国内の経済・エネルギー政策においては、自らの外交方針と矛盾する実態を容認、あるいは助長している格好だ。

Eranovumは「我々は政治や地政学的な問題についてコメントしない」「補助金は他の同業他社と同様の条件で公正に得ている」との立場を表明している。企業論理としては理解できるものの、公的資金が投入されるインフラ事業であり、その資本の源泉が国際法や人権に関わる問題と深く結びついている以上、単なる一企業の経営問題として片付けることはできない。グリーン移行という至上命題を急ぐあまり、投資家の背景にある倫理的・政治的な問題に対する精査が疎かになっているのではないか、という批判は免れないだろう。この一件は、グローバル化した経済の中で、一国の政策が意図せぬ結果を招く危険性を示す象徴的な事例となっている。

日本の読者への解説

このスペインでの出来事は、遠い国の話として看過できない重要な論点を日本の我々に提示している。第一に、経済安全保障の新たな側面である。日本で議論される経済安保は、主に特定の国(中国など)による重要技術の獲得やサプライチェーン支配への対抗策に重点が置かれがちだ。しかし今回の事例は、投資元の国家が直接的な脅威でなくとも、その資本が人権問題や国際法違反の活動から生じている場合にどう対処すべきか、という「倫理的な経済安保」の問いを投げかける。日本も再生可能エネルギーや次世代インフラへの外国資本の誘致を進めているが、投資家の背景にある人権や地政学的リスクをどこまで審査の対象とすべきか、本格的な議論が必要となるだろう。

第二に、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の内部矛盾を浮き彫りにした点だ。Eranovumへの投資は、表面的には「E(環境)」に貢献するクリーンな投資に見える。しかし、その資金提供者であるKeystoneの事業内容は、「S(社会)」の観点、特に人権や国際紛争への関与という点で重大な問題をはらんでいる。環境価値を追求するあまり、社会的な公正さが見過ごされるという「グリーンウォッシュ」ならぬ「ESGウォッシュ」とも言える状況だ。これは、ESGを経営の柱に据えようとする多くの日本企業にとっても、自社のサプライチェーンや投融資先をより深く、多角的に検証する必要性を示唆している。

スペインと日本では、パレスチナ問題に対する社会の関心や政府の立ち位置に温度差があることは事実だ。しかし、クリーンエネルギーへの移行という世界共通の課題に取り組む中で、そのプロセスが倫理的に正当なものであるかを問う声は、今後ますます強まるだろう。スペインの事例は、理想的な政策目標の裏に潜む複雑な現実と、それにどう向き合うべきかという普遍的な課題を我々に突きつけている。

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