少数与党政権、異例の夏期議会で予算編成始動

スペインのペドロ・サンチェス首相率いる社会労働党(PSOE)と左派連合スマール(Sumar)による連立政権が、2027年の国家予算案策定に向けた手続きを夏の休暇返上で進める構えを見せている。カルロス・クエルポ第一副首相兼経済相は、7月中に臨時議会を召集し、予算編成の土台となる財政安定目標(歳出上限や財政赤字目標を含む)の承認を目指す方針を明らかにした。これは、憲法が定める10月1日までの予算案議会提出という期限を遵守するための異例の措置であり、脆弱な少数与党政権が直面する厳しい政治状況を色濃く反映している。

サンチェス政権は、カタルーニャ州の選挙前倒しを巡る政治的混乱から2024年度予算案の策定を断念し、2023年度予算の延長で乗り切っている経緯がある。そのため、2027年度予算案を「通常通り」のスケジュールで成立させることは、政権の安定性と統治能力を内外に示す上で極めて重要な意味を持つ。しかし、下院で過半数を確保できていない現実は、予算関連法案の審議を常に綱渡りの交渉へと変える。今回の拙速とも映る動きの裏には、野党の抵抗を想定した上で、法制度の隙間を突いてでも予算編成の主導権を確保しようとする政権のしたたかな戦術が隠されている。

「二段階投票」戦術:少数与党の逆襲

サンチェス政権が描くシナリオの核心は、財政安定予算法に定められた手続きを逆手に取ることにある。まず、政府は7月中に財政安定目標を閣議決定し、下院での承認を求める。しかし、中道右派の最大野党・国民党(PP)や極右VOXが反対するため、この最初の投票で否決されることはほぼ確実視されている。

ここからが政権の戦術の本番となる。同法では、目標が否決された場合、政府は30日以内であれば新たな目標を再提出し、再度議会の採決にかけることができる。政権はこの規定を利用し、7月14日の臨時議会で最初の投票を行い、否決された後、すぐさま新たな目標を閣議決定。そして7月23日に設定されるであろう二度目の臨時議会で再投票にかけるという二段構えを計画している。このタイトなスケジュールで夏休み前に手続きを完了させ、9月からの本格的な予算案作成に備える狙いだ。

さらに重要なのは、仮に二度目の投票でも否決された場合の政府の解釈である。政権は「議会が二度にわたり財政目標を否決したとしても、それは政府から憲法上の予算編成権を奪うものではない」との立場を取る。この場合、政府は欧州委員会(EC)に提出済みの「中期財政構造計画」で約束した財政赤字目標(2027年は対GDP比1.8%)を国内目標として採用し、予算案を作成する権利があると主張する。この解釈が通れば、議会の抵抗は事実上無力化される。これは、少数与党という弱みを、法解釈と議事進行の工夫によって乗り越えようとする、サンチェス政権ならではの政治手法と言えるだろう。

地方自治州への圧力とEUという「外圧」

この戦術は、国民党(PP)が政権を握る多くの地方自治州への強力な牽制ともなる。中央政府が下院に提示する財政安定目標には、中央政府、地方自治州、地方自治体のそれぞれに割り振られる財政赤字の上限が含まれている。もしこの目標が議会で承認されなければ、どの行政レベルにどれだけの赤字が許容されるかの国内合意が存在しない状態となる。

この場合、財務省は「憲法の原則に立ち返り、地方自治州は均衡予算(赤字ゼロ)を組む義務を負う」という強硬な解釈を持ち出す構えだ。これは、社会保障や医療、教育など多くの歳出を抱える地方自治州にとって極めて厳しい財政規律を強いることになる。つまり、PPが中央政府の財政目標に反対すれば、自らが統治する州の首を絞める結果になりかねない、というジレンマを突きつけているのだ。この構造を利用し、PP側の結束を乱したり、交渉を有利に進めたりする狙いが見え隠れする。

同時に、サンチェス政権はEUの存在を盾にしている。クエルポ経済相が発表した最新の経済見通しでは、2026年のGDP成長率を2.6%と予測するなど、比較的楽観的な数字を並べた。これは、パンデミック対応で一時停止されていたEUの財政規律(安定・成長協定)が復活し、各国が財政再建計画の提出を求められている中で、スペイン経済の健全性をアピールする意図がある。ブリュッセルとの約束を遵守するという「外圧」を国内の政敵に対する正当性の源泉として利用し、「我々の予算案に反対することは、EUへのコミットメントを危うくすることだ」という論法で野党を牽制しているのである。

日本の読者への解説

今回のスペインの予算編成を巡る攻防は、日本の政治状況との比較において、いくつかの重要な示唆を与えてくれる。第一に、少数与党(あるいは連立与党が僅差で過半数を維持する)政権下での国家運営の困難さと、それに伴う政治的駆け引きの複雑さである。日本では、長らく自民党が安定多数を背景に予算案を比較的スムーズに成立させてきた。そのため、予算編成が政権の存続を揺るがすほどの政争の具となる感覚は薄いかもしれない。しかしスペインでは、予算承認は毎年のように政権の総合力が問われる一大イベントであり、今回のような法解釈や議事戦術を駆使した総力戦が繰り広げられる。これは、政治の多元化が進んだ社会における合意形成の難しさを象徴している。

第二に、中央政府と地方政府の関係性の違いである。スペインでは、地方分権が進んでいる一方で、財政を巡る中央と地方の対立は極めて政治的かつ党派的だ。国民党が治める州と社会労働党が治める州とで、中央政府との関係が大きく異なる。財政赤字目標の配分が、中央政府から野党が統治する地方への「アメとムチ」として機能する構造は、地方交付税交付金などを通じて財源を配分する日本のシステムとは性質が異なる。スペインの事例は、地方分権と財政規律のバランスがいかに政治的な緊張を生むかを示している。

最後に、EUという超国家的な枠組みの存在だ。サンチェス政権が議会の抵抗にあっても「EUとの約束」を盾に予算編成を強行しようとする姿は、日本の政治にはない力学である。EUの財政規律は、国内の政治的対立を超越する一種の「外部アンカー」として機能し、政権に国内の反対派を説得(あるいは威圧)する強力な論拠を与える。これは主権の一部を委譲しているからこそ可能な統治手法であり、財政政策が純粋に国内問題として議論される日本との構造的な違いを理解する上で、非常に興味深い事例と言えるだろう。

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