スペインのペット事情 ─ 「家族の一員」が法律で明文化された国
スペインは EU の中でも特にペットフレンドリーな国として知られます。マドリードやバルセロナの街を歩くと、平日昼間からテラス席で犬と一緒にコーヒーを飲む人、メトロに乗り合わせる中型犬、夕方になると公園が犬たちで埋まる光景は日常風景です。2021年の民法改正で 動物は「物」ではなく「感受性を持つ存在(seres sintientes)」 と再定義され、2023年には包括的な動物福祉法 Ley 7/2023 が施行されました。日本から渡西してペットと暮らす場合、また現地でペットを迎える場合に押さえておくべき法律・実務を、新着組・在住者の両方の目線で整理します。
Ley 7/2023 ─ 動物福祉法の全体像
Ley 7/2023, de 28 de marzo, de protección de los derechos y el bienestar de los animales(動物の権利と福祉の保護に関する法律)は2023年9月29日に施行された包括法で、伴侶動物・野生動物の飼育に関する全国共通の義務を定めています。罰金は軽微 500€ から重大違反 200,000€まで設定されており、軽い気持ちで違反できる規模ではありません。
ただし重要な注意点として、2026年5月時点でもReal Decreto(施行規則)が未整備の部分が多く残っており、保険義務・飼い主向け研修コースなど実際の罰金適用は自治州・自治体ごとに温度差があります。「法律上は義務だが運用は緩い」項目があるため、後述する各論で「現行確定義務」と「猶予中の義務」を区別して読んでください。
確定している主な義務(2026年5月時点)
- マイクロチップ識別:犬・猫・フェレットは生後3ヶ月以内、または取得後30日以内に必須
- RUAC(伴侶動物統一登録簿)への登録:マイクロチップ番号と紐付け、自治州システム経由で全国DB化進行中
- 連続3日以上の単独留守禁止:犬は単独で24時間以上留守番させてはならない
- 猫の不妊・去勢手術:生後6ヶ月までに義務(繁殖登録者は除外)
- バルコニーや屋外への常時繋留禁止、首輪のみで放置する飼育の禁止
- 身体的・精神的虐待の禁止:罰金最大200,000€、悪質ケースは刑事罰
- ペットショップでの犬・猫・フェレットの店頭販売禁止(ブリーダー直販・保護施設経由のみ)
猶予中・規則未整備の義務
- 犬の賠償責任保険(RC)義務化:法律上は全犬種に義務だが、Real Decreto が未公布で全国一律の罰金徴収はまだ始まっていない。ただし自治体・自治州レベルでは独自に保険を義務付けるエリアもあり、また民事訴訟になった際に未加入は重大な不利になるため、年20〜80€程度の保険には事実上加入しておくべき
- 飼い主向け4時間無料研修コース:法律上は犬を飼う前の受講が義務だが、コースの正式カリキュラムが定まっておらず未開講地域が多い。施行されたら遡及適用ではなく新規取得者から
渡西時にペットを連れて来る場合の手続き
日本からスペインへペット(犬・猫・フェレット)を連れて入国する場合、EU の輸入規則に従う必要があります。準備に最低4〜5ヶ月かかるため、引越し計画の最初に組み込んでください。
- マイクロチップ装着(ISO 11784/11785 規格、日本で動物病院にて)
- 狂犬病ワクチン接種:チップ装着後に打つ必要あり(接種日が逆だと無効)
- 狂犬病抗体価検査(FAVN):接種から30日以上経過後に採血、EU認定ラボで0.5 IU/ml以上を確認。日本は非無病国扱いのため必須
- 抗体価採血日から3ヶ月の待機期間:これがネック。短縮不可
- 動物検疫所での輸出前検査:出発10日前以内、英文健康診断書とEU形式の証明書を入手
- 入国空港の到着前事前通報:マドリード・バラハス/バルセロナ El Prat の動物検疫窓口へ
⚠️ 狂犬病抗体価検査のスケジュールミスで「あと3ヶ月待ち」になる事例が多発しています。最初に動物病院で全体スケジュールを引いてもらい、逆算してチップ装着日から決めてください。費用は検査・証明書込みで通常 8〜15万円。
現地でペットを迎える場合
2023年法改正以降、ペットショップでの犬・猫・フェレットの店頭販売が原則禁止になったため、現地での入手ルートは主に3つです。
- 保護施設(protectora / refugio):自治体運営または NPO が運営。譲渡費用50〜250€程度で、ワクチン・チップ・去勢込みのケースが多い。スペインでは保護犬・猫の数が非常に多く、選択肢豊富。手続きには NIE と empadronamiento、住居確認(賃貸の場合はペット可契約の証明)を求められることがある
- ブリーダー(criador registrado):登録ブリーダーから直販。血統書付き、価格は犬種により 800〜3,000€
- 個人譲渡:知人経由、SNS の Wallapop や Milanuncios 等。違法ブリーダーの隠れ蓑になっているケースがあり要注意。チップ番号と RUAC 登録の引き継ぎを必ず確認
迎え入れ後にやることリスト:
- チップ情報の名義変更を獣医経由で行い、RUAC に自分の名前を登録
- 自治体の犬登録(censo canino)を行う ─ 多くの市役所で無料、empadronamiento と一緒に窓口で処理可
- 賠償責任保険(RC)に加入 ─ Mapfre, Mutua Madrileña, Línea Directa 等で年20〜80€
- 近所のかかりつけ獣医(veterinario)を決め、年1回の予防接種スケジュールを組む
飲食店への持ち込み ─ 「原則OK、ただし店次第」
日本人が一番気になるテーマです。結論から書くと、スペインの飲食店は犬の入店が原則として法的に許可されており、テラスはもちろん屋内も可能です。ただし最終決定権は店舗にあります。
根拠法:Real Decreto 1021/2022
2022年12月22日に施行された食品衛生規則 Real Decreto 1021/2022 により、食品の調理・保管・取扱いをしない区域へのペットの入店は全国的に許可されました。客席エリアは「取扱い区域」に該当しないため、屋内テラス・店内客席ともに犬は入れる、という解釈です。
これにより、過去によく見られた「保健所通報で店が摘発される」という都市伝説は法的根拠を失いました。逆に、店が犬を拒否する場合は Ley 7/2023 により「外から見える位置にペット禁止の掲示」が義務付けられています(無掲示で拒否は違反)。
店ごとの判断と現実
法律で許可されていても、最終的に入れるかどうかは店次第です。実務的なパターン:
- テラス席(terraza):ほぼ全店で OK。普段使いのバルでもまず断られない
- 屋内 ─ バル・カフェ:大半は歓迎、入り口に「Perros bienvenidos」「Pet friendly」の看板を出す店も増加中
- 屋内 ─ レストラン(中〜高級):店次第。事前に電話で確認するか「¿Se admiten perros?」と入口で聞くのが無難
- スーパー・大型商業施設:基本不可(食品取扱い区域があるため)。ただし Mercadona・Carrefour 等で「カートのみ可」「小型犬抱っこなら可」と独自運用する店舗が増えてきた
⚠️ 地域例外:アラゴン州は唯一、飲食店での犬の屋内受け入れを州法で禁止しています(テラスは可)。サラゴサで食事する際は注意。
マナーとして守るべきこと
- リードは必ず短く保持、テーブル下に伏せさせる
- 椅子の上に乗せない、テーブルに前足を置かせない
- 水入れは店に頼まず自分で持参(多くの店は出してくれるが)
- 他の客や店員に飛びつかない訓練ができていない犬は連れて行かない
- 店を出るときは犬がいた場所を軽く確認、毛が散っていれば軽く払う
公共交通機関 ─ Renfe・Metro・バス・タクシー
都市・運行会社ごとにルールが異なります。2026年5月時点の主要ルール:
- Renfe(国鉄):小型犬(10kg未満)はキャリーで無料〜割引、中・大型犬は AVE 等の長距離便で1区画あたり2頭まで予約制で乗車可(10€前後/頭)。リードと口輪着用必須
- マドリード Metro / Bus(EMT):2016年から犬乗車解禁。平日 06:00〜10:00 / 14:00〜16:00 / 18:00〜20:00 のラッシュ時間帯のみ禁止。リード・口輪・チップ証明書携帯が条件。1人1頭まで
- バルセロナ TMB(Metro/Bus):終日乗車可、平日 07:00〜09:30 / 17:00〜19:00 のラッシュ時間帯のみ禁止。リード・口輪・防水マット推奨
- タクシー:運転手の判断、原則受け入れ義務はない。配車アプリ(Free Now, Cabify, Uber)では「Pet friendly」オプションを選べる場合が多い
- 長距離バス(ALSA 等):小型犬キャリーのみ、中大型犬は基本不可
⚠️ 身体障害者補助犬(perros de asistencia)は別法(Ley 23/2015 等の自治州法)で全交通機関・全飲食店に常時入店義務があり、拒否すれば事業者側が罰金対象になります。
危険犬種(PPP)─ 別途の特別ライセンス
Ley 50/1999 で指定された「潜在的危険犬種(Perros Potencialmente Peligrosos, PPP)」を飼う場合は通常義務に加えて特別ライセンスが必要です。対象犬種:
- ピットブル・テリア
- ロットワイラー
- ドゴ・アルヘンティーノ
- フィラ・ブラジレイロ
- トサ犬(土佐闘犬)
- アクバッシュ・アメリカン・スタッフォードシャー・テリア等の混血
- 身体的特徴で該当する犬(体重20kg超・首回り60cm超・胸囲80cm超など、自治体が独自判定)
必要な手続き:
- PPP 飼育ライセンス(licencia administrativa):市役所申請、5年更新、犯罪歴証明書(無犯罪証明 ─ certificado de antecedentes penales)と心理身体適性証明が必要
- 賠償責任保険 最低 120,000〜175,000€(自治州により)の補償額:通常犬の保険より高額
- 公共の場では常時リード(2m以下、引き伸ばし禁止)+口輪着用義務
- 16歳未満は単独で散歩させてはならない
⚠️ 違反は最大 15,000€ の罰金。日本で「PPP指定犬種」と認識せずに飼っていた犬を連れてくる場合も、スペイン国内では PPP 扱いになり手続きが必要です。
散歩・公園・糞処理 ─ 自治体条例の世界
路上のマナーは自治体条例(ordenanza municipal)で細かく定まっています。マドリード・バルセロナ・バレンシア等で大筋共通のルール:
- 糞は必ず袋で回収:放置は最大 1,500€(マドリードは初犯 250€、再犯で増額)
- 尿は水で流す義務がある自治体が増加中(マドリード・ビルバオ・パンプローナ等)。ペットボトルに水+少量の酢を入れて持ち歩くのが定番スタイル
- リード必須エリアと無リード可エリアの区別:公園には「Zona de esparcimiento canino(犬の運動エリア)」が指定されており、その区画内のみ無リード可
- 子ども用遊具・砂場周辺はペット禁止:違反 100〜500€
- 夜間(多くは 22:00〜翌 07:00)は公園全域で無リード可とする自治体も(マドリードの一部公園、バルセロナ等)
マンション・賃貸住居でのペット可否
EU では原則としてマンション規約でペット禁止は無効とする判例が積み重なっており、スペインでも管理組合(Comunidad de Propietarios)の規約で一律禁止することはほぼできません。ただし以下の制限は適法です:
- 共用部での糞尿放置、エレベーター内での放し飼い、共用廊下での吠え放置等の 「他の住民への迷惑行為」を理由にした個別警告
- 賃貸契約書での「ペット飼育時の追加敷金(fianza adicional)」設定 ─ 通常家賃1ヶ月分
- 大家が「ペット不可」と明記した賃貸契約 ─ 契約自由として有効
⚠️ 賃貸物件探しでは内見前に「Se admiten mascotas?」を必ず確認。家賃以外の条件として最初に提示してくる物件は少なく、契約直前に判明すると振り出しに戻ります。Idealista・Fotocasa の検索フィルタに「mascotas permitidas」のチェックボックスがあるので活用してください。
違反した時の罰金一覧(Ley 7/2023 ベース)
- 軽微違反(leve):500〜10,000€ ─ チップ未装着、RUAC 未登録、糞放置(自治体条例と重複)
- 重大違反(grave):10,001〜50,000€ ─ 1日以上の単独留守、不適切飼育、無許可繁殖
- 非常に重大な違反(muy grave):50,001〜200,000€ ─ 虐待、致死、闘犬参加、無届け遺棄
2024年以降、自治州ごとに罰金実施規則が出揃いつつあり、特にカタルーニャ・バレアレス諸島・マドリードでは罰金徴収が活発化しています。「都市伝説的に緩い」と侮らないでください。
動物病院・緊急時 ─ Urgencias veterinarias
スペインの動物医療は私費負担(公的保険は無し)。費用感は:
- 初診・ワクチン:30〜60€
- 不妊・去勢手術:犬で200〜450€、猫で80〜150€
- 夜間救急:診察料 60〜120€+処置別途
- 大型手術・入院:500〜3,000€
ペット医療保険(年100〜400€、Mapfre・Caser・Línea Directa 等)は手術や慢性疾患時に大きな安心材料になります。賠償責任保険と一体型のパッケージも増えており、新規加入時に比較検討推奨。
まとめ ─ スペインでペットと暮らす5つの実務ポイント
- Ley 7/2023 の確定義務(チップ・RUAC・3日留守禁止・猫の不妊去勢)は必ず守る。保険・研修コースは規則未整備でも事実上整えておくべき
- 飲食店は原則 OK だが店次第。テラスはほぼ確実、屋内は事前確認が無難。アラゴン州は屋内不可
- 公共交通は時間帯制限・口輪義務に注意。マドリードはラッシュ時間帯禁止
- PPP 指定犬種は別世界のルール。日本で気にしてなかった犬種が該当する可能性あり
- 賃貸はペット可物件で契約、内見前に確認。糞袋+水ボトルは散歩の必携セット
スペインは犬と一緒にバルに入り、公園で寝そべり、長距離 AVE に乗って旅行できる、本当にペットと暮らしやすい国です。ただし2023年以降は法律の網が一気に細かくなったので、「昔の緩い時代」のイメージで来ると思わぬ罰金につながります。チップ・登録・保険・しつけの基本を押さえれば、スペイン生活の楽しさは何倍にもなります。
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